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音に駆ける×東海林茉奈(ピアニスト)- ポーランドの空の下から-  記事企画

「音に駆ける」をテーマに、クラシック奏者へ過去・現在・未来をお聞きする記事企画。第2弾は12月13日にカワイ表参道でのリサイタルを控えている東海林茉奈さん。現在滞在中のポーランドからzoomでお話しをお伺いしました。(写真は東海林さんにご提供いただきました)

 

シューマンの手紙を読みながら、演奏会の曲に思いをはせる

―12/13のリサイタルに向けて、どういう準備をされるものなのでしょうか

東海林茉奈:あまり決まった準備というのはないのですが、やはり作曲家がどういう人間だったかを知って弾きたいなと思っています。今回はシューマンを弾く予定ですので、彼がしたためた書簡を改めて読んでいるところです。

 

―手紙を読むと、人となりや当時の情景が見えてくるものがありそうですね

東海林茉奈:奥様であるクララとの書簡なのですが、今のように電話やSNSなんてない時代ですので、手紙に想いを込めて書いていたわけです。お互いすごく熱い人だったというのがわかりますよね。今回演奏する予定の幻想小曲集についても少しだけ触れられていて、「今これを作曲した。早く君に弾いて欲しい」といった内容を送っているんです。当時はクララの方が演奏家として活躍していたというのもありまして。

 

―そういうエピソードを演奏会で聞けると興味もさらに増しそうです

東海林茉奈:もう1つ、シューマンの歌曲もこれから読み込みたいと思っています。歌曲というのは詩がついている作品で、別の人が書いた詩を受け取って作曲をしていたはずです。そう思うと、「キーワードになる言葉にこういうメロディーをつけたんだ」「こういうハーモニーをこのフレーズの部分で入れたんだ」というように、言葉と音楽の連動を垣間見ることができるんですよね。

 

―なるほど!

東海林茉奈:目の前の楽譜をただ弾くだけではやはり駄目で、もう少し幅広く考えを及ばせながら弾くことができればと思っています。

 

―今回の曲のセレクトはご自身で行ったのですか?

東海林茉奈:はい、そうです。私はショパンを弾くことが多かったのですが、シューマンショパンと同じ時代に生きた、全然違うタイプの作曲家です。このタイミングでじっくりとシューマンに取り組んでみたいと思って選びました。今回はたまたまジョイントする方がブラームスを選んでいたので、統一感のあるプログラムになったかもしれません。

 

―やはりロマン派がお好きですか?

東海林茉奈:そうですね。人間の感情にすごく興味があるのですが、一番感情が表出されるのがロマン派ですからね。自然と好むようになったのだと思っています。

―どんな演奏会にしたいと考えていらっしゃいますか

東海林茉奈:理想の演奏会というのは、1人ひとりの心の中で内面的な経験が進むことではないかと思っているんです。

 

―余韻が残るような演奏会は素敵ですよね

東海林茉奈:今回選んだ「幻想小曲集」は、幻想的な色合いを持つ曲ばかりです。現実世界ではいろいろなことがあるかもしれませんが、演奏会では日常から解放されて幻想の世界に入ってもらえたらうれしいなと思います。時間を忘れて過ごす旅のようなものかもしれません。帰りがけの景色が普段とは違って見えるような状態になれば最高だなと思っています。


ポーランドで見聞きするすべてが大事な経験

―次回のショパンコンクールに向けての取り組みもうかがえたらと思います。2025年の開催に向けて、今まさにショパンが過ごしたポーランドに住んでいて、感じていることはありますか?

東海林茉奈:おそらく今が「人生で最後の、学びだけに集中できる期間」だと思っています。なので、こちらでしかできないことをしようと思っていて。閉じこもっていたら東京にいるのと変わらないですからね。教会の雰囲気を感じたり、演奏会を聴きに行ったりと、積極的に足を運んでいます。

―この間もドイツのベルリンに行かれたようですね

東海林茉奈:一度は聞いてみたかった、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行ったんです。ちょうどスケジュールが空いたので、今だと思って行ってきました。

 

―やはり現地で聴く良さがありましたか

東海林茉奈:そうですね。どこに座っても音が近く感じられるような会場でした。ヨーロッパは街並みも美しいですし、毎日いろいろなことに感動しています。

 

―見聞きする光景の違いから影響されるものもありそうですね

東海林茉奈:大きいですね。最近は各土地の教会を訪れるのが楽しくなっています。毎回感じるのは、教会が生活に根付いていますよね。外が賑やかでも一歩教会に入ると静けさが漂い、そこで祈っている人がいらっしゃる。それを見ると本当に心の支えとなる場であることを感じます。

 

―毎日たくさんの刺激を受けている様子がうかがえます。一方で、ストレスがたまるようなことはあるのでしょうか。何かストレス発散法がおありですか?

東海林茉奈:人との関わりが大事だなと思っています。こちらの友人と食事に行ったり、日本の友人と電話で会話したり、すごく周りの方々に助けてもらっています。


滞在している時間をかみしめながら過ごす

―ご自身の中では、理想としている音というのがあるのでしょうか?

東海林茉奈:むずかしい質問ですね。ショパンを弾くときには、彼の人生を表現するような音が目指したいところかもしれません。ショパンは失われたものへの憧れが強い作曲家だと思っています。当時、母国ポーランドは他国に侵略され、ショパンは国を去らざるを得ませんでした。そして生涯戻ることができませんでした。常に遠くから祖国を思い、かつて祖国で過ごした日々がもう戻ってこないという想いが曲に込められていると思っています。

―背景まで想像したときの音があるのでしょうね

東海林茉奈:儚さ、どうにもならなさというものと、内に秘めた強さ、その相反するものがショパンにはあると思っています。センチメンタルな作曲家と見られることもあるかもしれませんが、ゆるがない厳しさのようなものをもって自分と向き合ってきた作曲家だと思うので、それを表現できるのが理想ですね。

 

―歴史を勉強して、かつ現地でその空気に触れる中で、奏でる音も変わっていかれるのでしょうね

東海林茉奈:当時の歴史や、ポーランド人が抱えていた苦しみはもっと勉強していきたいと思います。ショパンのコンチェルトが好きなのですが、あの曲がつくられた場所が、実は徒歩10分程で行ける場所にあるんですよね。そう思うと本当に感じるところがあります。

 

―どれくらい滞在される予定なのですか?

 東海林茉奈:2年です。あっという間だと思っているので、かみしめて過ごしたいですし、演奏会はできる限り多く聴きにいきたいと思っています。

 

―街中で音楽を感じられることもありますか?

東海林茉奈:歩いているとベンチでアコーディオンを弾いている人や、トランペットを吹いている人を結構見かけて、それを皆が自然に受け入れているのが素敵だなと。

 

―音楽以外の時間はどう過ごされているのですか?

東海林茉奈:レッスンがない日をどう過ごすのかは自分次第なので、練習時間もとりますが、できるだけ出かける時間もとっています。あとは、本を読んだり、ポーランド語の勉強も少しずつしています。

 

―言葉がわかるようになると、行動範囲も広がりそうですね

東海林茉奈:英語も基本的には通じるのですが、近所のスーパーでポーランド語しか受けつけてくれないようなところもあって。最初の頃はそういう場面で心が折れそうになっていたのですが、やはりここは自分で何とかしていく部分だろうなと思っています。

 

聴衆の心に、自然に寄り添えるような音楽を

―今後はどういう音楽家を目指していらっしゃいますか?

東海林茉奈:その作曲家の曲を弾きながら、作曲家の心情に寄り添っていくことができたらと思っています。今回のリサイタルも、シューマンと向き合い、心の機微を感じ取って音に載せていけたらと思っています。シューマンという存在がいとおしくなったり、こんなに繊細な人だったんだというのが聞こえてきたりする演奏にできたら素敵ですよね。

表現者としての広がりですね

東海林茉奈:聴いていただく方々の心に。自然に寄り添える音楽となって伝えられたらというのは、常に思うところです。ただ、音楽の受け取り方は本当に自由であってよいとも思っています。

 

―うまさというよりも、魅了するような演奏というのがやはりあるのでしょうね

東海林茉奈:音には人柄が現れるとよく言いますけど、本当だと思います。ただ「うまい」で終わる人と、「心を揺さぶられる人」の差は、その人自身が表れるかどうかなのだろうなと思いますね。その人自身の言葉で語っている演奏は、やっぱり魅力的ですよね。そしてその演奏を通して、作曲家の声が伝わってくる演奏は、聴いていて本当に惹きこまれます。

 

―非常に難しいところを目指していらっしゃる印象も受けます

東海林茉奈:だから自分の演奏に失望することも多いですよ。スマホもない時代に生きていたシューマンたちが1通の手紙に込めた想いは、今とは比べものにならないと思っていて。そういう時代につくられた曲だと思って向き合うことは、すごく大切だと思っています。

―彼らの感じていたものを媒介して表現して伝えるというのは、並々ならない想いでもありますね

 

東海林茉奈:それが伝わる演奏ができれば、すごく幸せなことだろうと思っています。

 

―12月の演奏会を楽しみにしています

東海林茉奈:ありがとうございます。12月13日の表参道カワイのサロンコンサート、ぜひ皆様に聞いて頂けたらと思います。

 

―本日はありがとうございました

 

プロフィール

東海林茉奈(Twitter

2015年度、東京藝術大学に宗次德二特待奨学生として入学。兵庫県立西宮高等学校音楽科を経て、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻卒業後、2022年同大学院修士課程修了。大学院の論文テーマは『ショパン その演奏美学と作品への一考察ー弟子によって残された資料をもとにー』。日本の未来を担う若い世代で、クラシック音楽を今よりも日常的に楽しんでくれる人を増やすために、社会と繋がる音楽活動を目指しており、演奏を通して人々にクラシック音楽の価値を伝えていくことを目標としている。これまでにピアノを石井なをみ、伊藤恵各氏に、2022年10月よりビドゴシュチ音楽院研究科にてカタジーナ・ポポヴァ=ズィドロン氏に師事。

 

東海林茉奈さんが演奏されるリサイタル

konzert.lumiades.co.jp